日野商人 の教訓〜丸紅・伊藤忠(総合商社)の奇跡〜

公開日:2019年12月29日
この記事はメディカルプラザが制作・監修した「サクセッション - 獣医師向け動物病院の承継開業の情報サイト」上で連載された記事を本サイトへ移行したものとなります。

日野商人 の教訓〜丸紅・伊藤忠(総合商社)の奇跡〜

日野商人 からの教訓「ピンチの裏にチャンスがある」この日野商人から学びうることは、ピンチの裏側には必ずチャンスがあるという点です。

上州での排斥事件がなければ、逆に日野商人の名前はこの令和の時代まで残っていなかったかもしれません。

 動物病院業界もこれから高齢犬の数が減っていくことで、全国の院長にとってはこれまで経験したことのないピンチの時がやってくることになりますが、

このピンチを乗り越えるには、日野商人が商売の考え方を変えたように、これまでの常識をひっくり返すことです。

不況も身体の病気も原因は同じで、これまでにやってきたことが間違っていたから起きています。

成人病の多くが生活習慣病と呼ばれる所以はここにあります。

ピンチとは、「これまで当たり前としてきた行動、考え方を止めろというメッセージ」ですから、

これまで通りを続けようとするとどんどんマイナスになってしまうわけです。

そしてこの企画の最後に述べたいのは、「近江商人は情報の大事さに気付いていた」ことです。

情報の重要性

織田信長が桶狭間の勝利で一番手柄を与えたのは、誰だったと思われますか。

それは、

今川義元の首を取った家臣ではなく、

今川義元の本陣の場所を伝えてきた家臣でした。

その織田信長の家臣、蒲生氏郷が近江・日野を治めた大名でした。

戦も商いも、いわば、情報がモノを言う世界です。

日野商人が情報というものをどう捉えていたのかがわかるのが、「赤穂浪士討ち入り速報」です。

討ち入りの情報を日野に知らせる使者は、その日のうちに江戸を発しています。

明治に入って、近江出身の伊藤忠兵衞が興した伊藤忠商事・丸紅は、この「情報」を駆使することで世界に冠たる日本の総合商社へと成長を遂げていくことになります。

 

近江日野商人の歴史には、ピンチを迎えたこの動物病院業界を救う大きなヒントがあった!!!   その6

取材協力/ 近江日野商人館

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