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スペシャルインタビュー

「譲って終わりではない」のがこの事業承継

中川動物病院(北海度帯広市)
中川 光義 元院長・門 淳志 新院長

西川: この間を振り返って、どのような感想をもたれたでしょうか。

中川元院長: この事業承継をすると、「最終的にはお金になる」というポイントがあります。

元院長には、譲渡金という形でお金が入ってきます。そして、新院長には、お金が承継開業した当日から入ってくるのは大きなメリットでしょうね。

これから経営環境は私が院長をやっていた時代からはがらりと変わります。そこで門先生に一言言うと、「元院長は確かにハッピーリタイアできます。病院を譲ってお金が入ってくるから。しかし、新院長は、決してハッピースタートになるとは思ってはいけません」。

お金の面ではメリットはあるでしょうが、新院長として自分のカラーをどう出すかは承継開業ゆえに背負わなければならない課題になるからです。

 

新院長でオーナーだからといって、自分のカラーの出し方には気配りが必要だと思うのが、この承継でスタートした先生の課題でしょう。オーナー院長としてやる以上、自分のカラーは絶対に必要です。生涯の仕事としていくわけですから。しかし、いきなり切り替えると、マイナスになります。パランスをとることが大事でしょうね。

 

門新院長: はい、しっかりと頭に入っています。

 

中川: 私が厳しいことでもここで言っておきたいのは、「私が大事にしてきたのは、患者さんだから」です。新院長がここの患者さんの信頼を得られて、北海道十勝のなかで「中川動物病院は院長が代わってもいい仕事をしてくれますね」と言ってもらえるようになってほしい。

そこまでいって、本当はこの事業承継がようやく終わったと言えるのでしょうね。

 

 

西川: どんなことが決め手になって後継者と決められたのでしょうか。

中川: それは、門先生の履歴書をみた瞬間、「これは縁だね」と感じたことですね。

まずは、同郷であったこと。どうしてこの人がこの帯広に来たいと思っているのか、会ってみたくなったことですね。そしてもう1つが、門先生の名前の「淳」という文字。

私には、「これからは小動物をやれ」と言って、開業のレールを敷いてくれた恩師がいます。恩師の奥様の名前が、「淳子さん」。門先生の名前に、同じ「淳」の字があるんですね。これは、「私はもうやめなさい。そしてこの病院を同郷の門先生に預けなさい」という、神様、恩師のメッセージだと受け取りました。

実は、今日は午前中に、恩師と奥様のお墓参りに行ってきました。「同じ名前を持つ人がやってくれますよ」と報告してきました。

 

 

西川: 多くの院長は、患者さんが馴染んでいるので、譲るなら勤務医の方がいいと考えておられます。この点についてはどうお考えでしょうか。

中川: 勤務医が継ぐとなると、元院長はやはり病院が気になって手伝うことになります。すると、引き継いだ新院長にはある課題が起きてきます。それは、「自分のカラーが出せない」という課題です。元院長が助けてくれるのは、一見いいことと思うかもしれませんが、いつかは引退するわけです。その時が「いばらの道」の始まりになるかもしれません。

加えて、院長のもとで勤務医をやっている期間が長い人ほど、「自分のカラーを持っていない」とも言えます。自分でどう判断するかではなく、院長ならどうするかを考えることが習性になっていますから。

だから、私は知らない第三者の方がいいという選択をしたのです。

 

 

完全リタイアする理由は?

 

 

西川: 日本にはこの引き際を潔くという美学がありますが、この決断をされるまでにはどんな経緯があったのでしょうか。

 

中川: 私は何もないところから始めて、経験を積み上げてきました。そして41年間続けてきて、ここでやめようと思ったのは、「小動物臨床医としてのアンテナがさびてきたから」です。さびたと気付いて、また磨くこともできたのでしょうが、私はその気にはなれませんでした。それは、今の若い先生がみんな優れた先生だから、自分との差を感じたからです。

経験も私の方が豊富、判断も私の方が上と思っていたら、勤務医が私のフォローをしてくれているのに気付いた。その時でしょうね。もうやめようと思ったのは。

野球の選手も、これまでは確実に打てていた球がきているのに打てないと感じた時、バットを置くんですね。私は、聴診器を置きました。

 

 

西川: 引き際において、承継によってリタイアされた多くの先生が、「タイミングが合った」とおっしゃっています。

中川:  人生はどこかで自分が決断しなければならない分岐点が必ずやってきます。

そこで決断できるかどうかで人生は変わる。変わらないのは、決断しなかったから。

今回、門先生は、大変な決断をされたのだと思います。

 

 

西川: 門先生は1度は決断して、婚約者を連れて広島に帰って、新規開業しようとされていた。その後また決断して、この北海道に戻って来られました。これまでの経緯についてお聞かせください。

門: 登別で勤務医をしていたのですが、父親が広島で開業しており、1年間は広島で一緒に働きました。私は長男なので、やはり両親をおいて北海道に行くのを決断するにはずいぶんと悩みました。広島では、新規開業で自分の病院を建てるつもりでいたのですが、金銭面で難があり、足踏み状態でした。そんな時に知ったのがこの事業承継で、これならできるかもと思ったのが、北海道に戻る動機ですね。

この事業承継については、院長である父親のところに送られてきていた西川さんの小冊子をみたことがきっかけですから、広島に帰らなければ、この事業承継を知る由がなかったことになりますね。

 

 

西川: 中川先生は、この事業承継を知ったのは、どういう経緯だったのでしょうか。

中川: 2015年の暮れになって、小冊子と本が届きました。本だったので、なくさないようにと、とっておいた。ちょうど病院をどうするかと勤務医と話をしていた時なので、「これも1つの方法だ」と思って、西川さんにメールをしたのが始まりです。

そこで送られてきた履歴書をみて、これはご縁だなと思って、自分に気合いを入れる意味もあって、病院内をきちんと整理して、新たに麻酔機なども入れ換えました。

「引き継ぐ人が仕事をできる環境をつくって、きちんと渡しなさい」。

これも、神様、恩師のお告げと思って、自分ができることはやってきました。

門先生には、この機会にこれだけは言っておきます。「身体だけは壊すな」。

 

 

門: はい、ありがとうございます。頑張ります。

 

西川: 本日はありがとうございます。